HISTORY 継承
鷗外の文学活動は、
ここ池之端から始まった。
明治19年、かつて森鷗外が暮らした池之端の家は、
まさにこの地に建てられた。
明治23年、小説家としてのデビュー作『舞姫』を発表。
ゆえに、森鷗外の文学活動の出発点のひとつとして
語り継がれている。
旧鷗外邸が築かれてから約140年。
その記憶はこの先、
「リビオ上野池之端」が受け継ぎ伝え続ける。
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CHRONOLOGY
旧鷗外邸の系譜
池之端のその家は、完成当時、名門・赤松家が構えた
4軒の持ち家のひとつだったという。
明治22年、赤松家の長女・登志子と鷗外が結婚。ここが新居として選ばれた。
『舞姫』や『於母影』など、鷗外初期の代表作が生み出された家。
宮大工が築いた建物は、関東大震災や第二次世界大戦の空襲も免れている。
その隣接地で、水月旅館が営業を開始したのは昭和18年。
3年後には旧鷗外邸を受け継ぐことになる。
後に、水月ホテル鷗外荘に改称。
旧鷗外邸は長く池之端の記憶を伝え続けた。
令和7年、母屋は根津神社へ移築。
そして、この場所に誕生したのが「リビオ上野池之端」。
鷗外ゆかりの地に刻まれた歴史は、
新たな住まいとともに未来へ受け継がれていく。


INHERITANCE
石碑の継承
水月ホテル鷗外荘の中庭には
「森鷗外の文学 発祥の地」を象徴する2つの石碑が建てられた。
「舞姫の碑」と「於母影の碑」。
「リビオ上野池之端」では、
エントランスガーデンとコーチエントランスにそれぞれを移設。
鷗外の文学碑が2つあるのはここだけと言われている。

■舞姫の碑
刻まれているのは、『舞姫』の一節。題字、署名、
本文とも、すべて鷗外直筆の毛筆原稿からとられている。
■於母影の碑
『於母影』の後書から引用された一文。
鷗外が仲間たちと訳詩集を完成させた
当時の叙情が綴られている。

樹木の継承
樹齢250年以上。
水月ホテル鷗外荘の玄関先にあったクロガネモチを、
身近に感じられるよう
エントランスホールとラウンジのインテリアに取り入れた。
中庭に佇んでいたモミジは、
エントランスのシンボルツリーとして、
この先も秋の到来をあざやかに伝え続ける。

蔵の継承
池之端の地で受け継がれてきた蔵。
かつては人々が集う場として親しまれ、
今は柱や梁、扉、瓦などを活かしながら再生されている。
時を刻んだ建築の記憶は、
「リビオ上野池之端」のライブラリー空間へと受け継がれた。

ライブラリー:蔵
INTERVIEW

PROFILE
谷根千工房代表
川原 温YUTAKA KAWAHARA
1983年千駄木生まれ。木造建築の大工として20年近く、高野山や出雲大社など各地の文化財修復や新築工事に携わる。また、フランスの日本建築の修復や、ブラジルやロシアでの茶室などの新築、ネパールの寺の新築、2023年には谷中墓地の登録文化財の改修に参画。2023年より「谷根千工房」代表。現在は谷根千地区を中心に寺社の修復、古い木造家屋の修復・保存・活用に力を注いでいる。
蔵の再生
約140年前、旧鷗外邸とともに建てられた蔵は、
伝統建築の技術を受け継ぎながら、「リビオ上野池之端」に再生された。
手掛けたのは、谷根千工房代表・川原温氏。
数々の文化財修復に携わってきた氏は、
この蔵をどう捉え、どう再生したのか。
■蔵の価値「100年以上前の建物が、
残っていること自体が奇跡的です」
例えば平等院鳳凰堂や法隆寺など総合的に価値がある建築とは異なりますが、旧鷗外邸の蔵には、歴史的価値や文化的価値が大いにあると思います。東京は、スクラップアンドビルドを繰り返してきた都市。変化し続ける東京では、残された建物より、残らなかった建物の方が多いのです。その中で、100年以上前の建物が、残っていること自体が奇跡的ですよね。

蔵の再生

瓦の復元
■蔵の再生「一つひとつの部材の確認から完成まで、
手間をかけて」
一度解体された蔵を、修復しながら新たに組み直す。その工程の始めは「検品」です。蔵の構成は解体業者様が「野帳」として残してくれていたので、それをもとに欠品や欠損・腐朽の確認から始めました。また、古い建物は大工さんが墨をつけて鉋で削って仕上げるので、すべての寸法が違います。だから寸法を測り直し、組んだ時にきちんと水平垂直になるよう墨付けを行いました。さらに部材の補修、仮組みなどを経て完成まで、丁寧に順番に手間をかけていく。その集大成が建物になります。

【野帳(やちょう)】建物の寸法や構造、状態が現場で記録された測量手帳。
【墨付け(すみつけ)】木材を加工する前に、どこで切るか、どのように穴を開けるかといった情報を、
墨や鉛筆などで木材に直接書き込む作業。
〈木の再利用〉
比較的密室が保たれていたため、良好な状態だった木材。木の割れや経年によるねじれはあるものの強度に影響はなく、欠損や虫食いなどはほとんど見られなかった。
〈扉の修復〉
重厚で格調高く、当時の姿を留めている扉は、防犯性と防火性を高めるために砂が充填されていた。その砂を抜いて軽量化を図り、開閉しやすいよう修復している。
〈瓦の復元〉
鬼瓦やヒレなどは実際に使われていたものを継承。屋根瓦は葺き替えている。瓦屋の親方は黄綬褒章の受賞者。完成度の高い瓦を実現している。

木の再利用

■伝統建築「釘を使わない伝統建築。その特徴は、仕口と継手です」
日本古来の建築の大きな特徴は、仕口と継手を中心に構成されている点です。例えば、釘を使わなくても強度を確保できるよう、木の加工や組み方に様々な工夫が施されています。一方、産業革命後に機械が高度化し、金物で接合され、仕口や継手が簡略化されたものが現代の建築です。この蔵は構造体が露出しているので、木材がどう加工され、どうつながっているのか、伝統建築の構造的な面白さを体感していただけると思います。
【仕口(しぐち)】柱と梁のように、方向の異なる木材を直角や斜めに接合する構造部分。
【継手(つぎて)】2つ以上の部材の接合方法。
■大工の意図「この蔵を建てたのは、明治時代の腕のいい大工さんです」
伝統建築は、実際の部材を見れば建てた人の意図が大体わかります。鷗外荘の蔵を建てたのは、かなり老練な大工さん。この蔵は建築的な美観のために、あえて芯をずらして建てられていたのですが、それによって難易度が上がり、作業も面倒だったはずです。にもかかわらず、難なく挑んでいる。だから私も意図に沿って修復できるよう心がけました。いい緊張感の中で再生に携われたことを嬉しく思っています。
【貫穴(ぬきあな)】横木を通すために、柱に開けられた四角い穴。
FUTURE
未来へ
池之端を舞台にした、小説『雁』。
作品の中で鷗外は、池之端界隈の土地が持つ独特の情緒や魅力を巧みに描いている。
鷗外が暮らし、創作に向き合ったこの場所は、
その記憶とともに、新たなかたちで暮らし継がれる。

- ※森鷗外旧居(旧赤松家住宅)に関する記述は、台東区文化ガイドブック「台東区ゆかりの巨匠たち 森鷗外」、根津神社「森鷗外旧居・旧赤松家住宅(舞姫の家)」等をもとに作成。
- ※『舞姫』『於母影』『雁』は森鷗外の著作です。
- ※蔵の再生および川原温氏に関する記述は、ご本人への取材内容によります。(2026年2月実施)
- ※掲載の写真は、2026年2月・7月に撮影したものです。(出典あり画像を除く)